2019/10/12

言葉のちから その134

言葉のちから  (命を考える その1)

ホスピスでは、「苦しみ」を和らげることを中心にケアを行っていきます。では、「苦しみ」を簡単に説明しろと言われたらどのように答えるでしょうか?実は、「苦しみ」を簡単に言葉で説明してくださいと聞かれて答えることのできる人は、なかなかいません。ホスピスの実習に来るほとんどの医学生も答えることができません。

                        ここでは、次のように苦しみを説明します。

苦しみとは、希望と現実の開き(ギャップ)である

苦しみの例をいくつかあげて見ましょう。

1.Aさん(15歳男性)は現在中学3年生。受験をひかえていて入りたい学校があるが、試験の成績が伸び悩んでいる。 希望は、入りたい学校に入学したい。現実は成績が伸び悩んでいて、入学試験に合格するかわからない。もし、勉強して力をつけ、入学試験に合格すれば、現実と希望のギャップが縮まり苦しみがやわらぐことになります。
2.Bさん(14歳女性)。同じクラスの男の子を好きになってしまった。その人のことを思うと胸が苦しくなる。
 希望は、好きな人が自分のことを好きだと良いと思う。現実は、どうかわからない。もし、告白をして自分のことを好きであれば希望と現実の開きはなくなり、苦しみはやわらぎますが、もし、そうではなければ、希望と現実の開きは最大となり、失恋の苦しみとなるでしょう。
3.Cさん(15歳女性)は歯が痛くて悩んでいた。
 希望は、冷たいものやあついものを食べたり飲んだりしても歯が痛くないと良い。現実は、歯が痛くなる。この場合、もし、多少の歯が痛くても、歯医者で歯を削られるよりはまだこの程度の痛みであればかまわない人にとっては、その歯の痛みは大きな苦しみにはならないでしょう。しかし、少しの痛みでもつらい人にとっては、わずかな歯の痛みは大きい苦しみとなります。このように、苦しみは個別性のあるもので、比較しづらいものです。

ここでは、告知の問題を考えてみましょう。
 がんという病気が診断された場合、最近は患者さん本人に直接医師から伝えられる時代になりつつありますが、多くは患者さんの家族に伝えられることが多いでしょう。その上で、病名を本人に伝えるのか、伝えないのかを家族の意見で決めてしまうことがあります。ある家族は真実をすべて伝えるといい、ある家族はがんであることを伝えてほしくないと希望されます。一見違うように見える家族ですが、共通しているところがあります。それは、ともに患者さんの苦しみをやわらげようと希望している点です。真実を伝えた上で苦しみと向き合うと希望される家族も、なるべく悪い話は伝えないで最期まで過ごさせてあげたいと希望される家族も、気持ちは苦しみをやわらげたいと願っているのです。
 そこで、苦しみの構造から告知の問題を考えてみましょう。本人が、自分の病状を知りたくないと希望されているのに、一方的に病状を伝えることは、かえって本人の苦しみを大きくしてしまうでしょう。しかし、本人の希望が真実を知りたいと思っていたならば、病状が悪くなる現実の中で、安易な励ましはかえって希望と現実の開きを大きくしてしまい、苦しみを大きくしてしまうでしょう。苦しみをやわらげたいと思うならば、まず本人が何を希望するのかを確認することから出発したいと思います。
 告知をすることが良いのか、悪いのかではなく、苦しみをやわらげるために、何が最善かを考えていきたいと思います。