2019/6/16

言葉のちから  その29

言葉のちから   「おもかげ復元師」

納棺師とは、亡くなられた人を見送る現場で、故人を安らかな表情にお戻しし、お体を清らかにして仏衣を整え、棺にお納めする職業のことです。    

納棺師の笹原 留似子さんが書いた「おもかげ復元師」から

 看護学校時代の同期の看護師が結婚して数年、二十代の若さで急死してしまったといいます。しかも、臨月でした。お腹の中に赤ちゃんを抱えたまま、旅立つことになってしまったのです。
 
葬儀の場では、ご主人はもとより、彼女のお父さんの憔悴ぶりは、もう見ていられないほどだったといいます。
そんな中、葬儀会社の新人の担当者が葬儀のための打ち合わせを進めていきました。

お父さんはうつむいたままポツリポツリと語り始めました。

 一人娘であったこと。結婚をとても喜んでいたこと。妊娠したと聞いて、娘には言わなかったけれど飛び上がらんばかりに舞い上がったこと。初孫の誕生を心から楽しみにされていたのです。

 「一度でいいから、孫を抱いてみたかった・・・・」
 

涙ながらに語るお父さんに、葬儀会社の担当者は胸を打たれたといいます。その時彼には一つの考えが浮かんでいました。

葬儀が終わり、亡骸は火葬場へと向かいます。
窯からお骨が出てきた時、誰もが声をあげずにいられませんでした。
故人のお腹の部分には、小さな赤ちゃんのお骨が、かわいく丸まった姿であったからです。
喪服に身を包んだ列席者の多くが、あらためて悲しみに包まれました。
 
 その時担当者が、お父さんにそっと声をかけました。「この骨壷に、お孫さんをいれてあげて下さい。」担当者が特別に用意した小さな骨壷でした。
 
担当者は言いました。「この小さな骨壷は、私からのプレゼントです。お孫さんを、力一杯抱きしめてあげてください。」 葬儀場の方から骨壷にお骨の一部をいれてもらうと、「はい、おじいちゃん」と言いながら、彼はお父さんに手渡したのです。
"おじいちゃん"は、その小さな骨壷を愛おしそうに受け取ると、「ありがとう」と涙を流しながら、何度も何度も抱きしめたそうです。
 
 担当者も予想しなかったことが起きたのは、次の瞬間でした。
"おじいちゃん"は、その場で、何のためらいもなく、骨壷を空高くかかげたのです。

「ほーら、高ーい、高い、高ーい、高い・・・・」

その場にいた誰もが、涙を抑えきれませんでした。担当者も、泣かずにはいられませんでした。火葬場の係りの方も、思わずうつむいておられたそうです。
 
でも、私は思います。
きっと、このおじいちゃんは最高の形で故人を、そして,初めてのお孫さんを天国に送り出せたのではないか、悲しみを、かけがえのない想い出に変え、お別れすることができたのではないか…
  
この本には、東北に震災で亡くなられた方々との復元ボランティアとして活動を続ける笹原さんの姿も書かれています。